えいがのはなし リメイクの理由

えいがのはなし リメイクの理由

オリジナルが名作と言われていても、たびたび再映画化されることがある。
しかしオリジナルを凌ぐ作品を製作しようとする高い志からと言うよりも、
白黒作品をカラー版で。現代の特撮技術で。今のスターで。時代設定や状況設定を変えて。
このような動機ではなかろうか?本音はやはりネタ不足なのだろう。
前作で評判が悪かったものを、再映画化して良質の作品に仕上げようとする試みはない。
良い脚本なら誰が撮ってもある程度良いものが出来る予測が立ち。よって、ある程度ヒットが見込めるという魂胆であろう。
最初に自らの作品を巨匠セシルBデミルが<十誡>を<十戒>でセルフリメイクしている。
自らの完成された映画を再び撮るにはどんな動機があったのだろうか?
作品に対する思い入れがありながら、世間の評価とは違い、自身では納得できない悔いが残ったのだろうか?監督本人しかその理由は分らない。
最近亡くなられた名匠市川昆は、自作2作品において自身による再映画化を試みている(犬神家の一族、ビルマの竪琴)
市川昆監督は<ビルマの竪琴>の再映画化に際し、
その意図を問われて「反戦は何度訴えても、語ってもいい」と説明しているが、
名作と言われながらも、今の人たちが観る機会が少なくなってしまった旧作品を、新作によって興味を持って観て貰おうと考えたようだ。これは充分に納得できる。
黒澤明の名作<椿三十郎>は森田芳光によって最近リメイクされた。
脚本も撮り方もほぼオリジナルに沿っている処に森田らしい実験的精神を感じる。
一方、公開が待たれる<隠し砦の三悪人>は、現代風エンターティンメントとして生まれ変わるようだ。
黒澤作品はハリウッドでも映画化されている。
暴行(羅生門)、荒野の七人(七人の侍)、ラストマンスタンデイング(用心棒)
やはりオリジナルの黒澤作品を越えてはいないと言えるだろう。
国内では魔界転生、日本沈没、、妖怪大戦争、転校生などがリメイクされている
最新の特撮技術での再映画化の意図が理解できる作品もあるが、名作<転校生>の大林自身によるセルフリメイクは成功したと言えるだろうか?
過去の作品で思い入れの強いファンにとっては、必ずしもリメイクを歓迎しない場合もあるだろう。
そういう意味では<ディパーデット>に関しては複雑な心境だ。
オリジナルは香港映画の<インファナルアフェア>
オリジナルを観ていない人にとっては非常に優れた作品であるし、ましてやスコセッシのオスカー受賞作品だ、ケチの付けようもない。
ただしオリジナルで魅了されたファンは、両作品を比較して、おそらくオリジナルに軍配を上げるであろう。
もちろんジャックニコルソンをはじめ出演者が素晴らしい。それでもオリジナルには、肩入れしたくなる魅力が備わっていると思う。

◇◆◇ロケバスのご用命は、当社にお願い致します◆◇◆