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えいがのはなし 邦題タテヨコ PART-2

ハルベリー主演の<チョコレート>の原題は、monste r’s ball(怪物たちの夜会)なんだそうです。
映画を観た人にはこの意味が解ります。
だから、横文字タイトルであっても<チョコレート>は正確には和製横文字タイトルといった具合です。
本当はチョコレートっていうのも映画には合っていません。
本来ならチョコレートアイスクリームとした方が映画を観た人にも解りやすいと思います。
それをあえて<チョコレート>にしたのには配給会社の作為を感じます。
この映画、人種間恋愛を描いた作品ですが、チョコレートには黒人の肌の色をイメージさせるわけです。
題名として上手いような違うような・・・
<クレイマー、クレイマー>この原題はクレイマーV Sクレイマーです。
この頃日本ではまだVSって言葉が世間的に使われていなかったと思います。
だからそのまま訳すとクレイマー対クレイマーになってしまい、それは避けざるを得なかったのでしょう。
大昔のクラッシクハリウッド映画の題名なら<クレイマー氏対クレイマー夫人>でも良かったと思いますが、現代ではナンセンスなんでしょうね。個人的には好きだけど。
<スティング><ハスラー>これは映画が登場するまで知られていなかった隠語でした。
日本で言えば<マルサの女>でマルサという隠語が広く知られるようになった事と同じような感じ。
<キングコング><エクソシスト><ジョーズ><E.T><エイリアン>
これも映画公開当時は???なタイトルでしたが、今では固有名詞として有名すぎて、悪魔祓い師とか異星人では納得されないでしょう。
<ポセイドンアドベンチャー>これは原題通りです。
ただしなんかピンとこない気がする。
アドベンチャーというよりサバイブとかパニックという単語の方が自分的には来るんだけどなぁ。
アドベンチャーは己から挑んでいく感じで、降り掛かった災難から脱出するという雰囲気じゃないんだけどなぁ。
それとも意図的にシニカルな意味合いを持たせているのかな?
<タワーリングインフェルノ>はthe towerと glass infernoの2つ原作から成っています。
この2つの原作から2つの映画会社が同じ時期に同じような企画を立てていましたが、競合を避けるために合作と相なりました。
その時タイトルをガラガラポンして、この題名になったわけです。
<ホームアローン>を縦文字題名にするとしたら<ひとりぼっちのお留守番>か<はじめてのお留守番>なんか良いかも。
この映画、主役のカルキン君が元々有名であれば<カルキンくんのお留守番>なんていうのが良い感じ。喜劇王チャップリン映画の題名みたいでしょ?
<プライベートライアン>は公開された当時、意味不明でした。
privateという単語がピンと来ませんでした。
原題はsaving private raianです。
<ライアン兵士を救え!>って感じですが、この路線でもいい感じがしますが、どうでしょう?
根っからの日本人で英語の知識もない私のような者には、単語のニュアンスが把握できかねる事が多々あります。
<イージーライダー>のeasyのニュアンスは図りかねます。
拙い英語力でこの映画のイメージに相応しそうなのがfreeとかpeaceまたはtenderライダーと思っていました。
easyだと簡単な、安易な、楽なって意味しか思い浮かばないからです。
よくよく調べてみると、ゆったりしたとかノンキなとかだらしないなんて意味もあり、納得してしまいました。
きっとwildライダー的なオートバイ乗りに対してeasyライダーになったのでしょう。
<グランブルー>は当初英語タイトル<グレートブルー>で公開されました。
英・仏タイトルがあるのなら縦文字題名<偉大なる深海><大いなる青き海の中>なんでしょうか?カッコワリイ

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えいがのはなし 苦悩する監督

私の観た映画のベストの一本とも言えるのが<質屋>です。
その監督シドニールメットはほかにも<十二人の怒れる男>や<狼たちの午後><評決>といった素晴らしい作品を撮っています。
そのルメット監督の<MAKING MOVIES>という著書を読んでいる最中、
レンタルビデオ店でたまたまルメット監督の<ウィズ>を発見し迷わず借りました。
<ウィズ>はルメット監督にとっては異色のミュージカルで、ダイアナロスとマイケルジャクソンの主演のほか出演者は全て黒人です。
ニューヨークを舞台に<オズの魔法使>をリメイクした作品ですが、が、が、が、ガッカリの出来栄えです。
オールロケで行くべきところ、中途半端にスタジオと屋外での撮影になっています。
また特撮も活かし切れず何の効果も発揮しません。
ルメットにはミュージカルも特撮もムリなのか?
監督本人はこの作品の完成時に、この出来で良しと納得したのだろうか?
そんな疑問で胸が落ち着きません。
その後再び著書を読みはじめ数ページすると<ウィズ>について触れていました。
それはまるで、私の疑問に答えるかのように・・・
この作品は諸事情によって、当初の監督の思惑であるオールロケによる撮影が徐々に挫折していき、自分の意図とは離れどんどんとスタジオ撮影が増えていった行程が語られ。
特撮に対する知識の不足から己のイマジネーションを形に出来ず(今なら何でも可能な特撮技術も、この頃はまだ未成熟だったので)
撮影中、当初のコンセプトが次々と崩れていく様がつづられていました。
しかし誰のせいにすることもなく自分を責め、責任は全て自分にあると潔く失敗を認めています。
私が不満に思い、疑問に思った部分を、監督は著書の中で全て答えてくれていたので、私の胸のつかえも下りました。
ルメットは湯水のように大金を制作費につぎ込む監督とは違い。常に予算や効率までも考え、その中から最大限の効果を模索する、まさしく職人的監督でありクリエーターです。(日本で言えば新藤兼人、今村昌平のよう)
これほどのキャリアを持つ名匠であっても、挫折し苦悩している姿に感銘しました。
またこの著書の中で『生涯2本だけ金のために引き受けた作品がある』と告白していてルメットファンとしては非常に興味深かったです。
また『映画製作で小さな決定は、何一つないのだ』という言葉は、誠実で優れた監督ならではの言葉と重く感じました。

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えいがのはなし 評論家必要論

好きな映画を好きなだけ観て好き勝手なこと言っているとても羨ましい方々。
映画評論家。
こんな映画評論家を必要ないという人々がいる。(映画評論家不要論者)
はじめて不要論を説く人をラジオで聞いたのは学生のときだった。
その人物は売れっ子シンガーソングライターだった。
彼曰く「映画なんてものは観た人が感じればよいだけで、評論家なんてものは必要ない!」だった。
が、私にとって映画評論家はいなくなっては困る存在だったので、その発言には非常に違和感があった。
なぜなら、私にはその人気シンガーソングライターのように金持ちでもないので、片っ端から映画鑑賞をする無謀はできないし、そんな悠長な時間も無い。
貴重な時間とお金を有効に使う為には観る映画を選択しなくてはいけないのだ。
チョイスするにもヒントが必要。そのために役立つのが映画評論家だった。
ただし、評論家を選ぶ重要性も強調したい。
自分の趣味趣向に合い、信用のおける評論家を日頃からチェックしていなければならない。
また映画の見方を教えてくれた故・淀川長冶さんのような方は信用のおける先生でもあった。
先生・・・映画の先生。
さらに淀川さんは、映画から人生も学べ、英語も学べ、政治や経済や文化や芸術や生きるに当たって必要なことは総て映画から学べると教えてくれた先生だった。
映画は国語の読解のようなもの、全てのシーン、カットに意味や作り手の思いがある。
監督は画面上に不要なものが映っていれば排除できるし、足りなければ加える事が出来る。
そうしてその瞬間に意味を持たせる。それが表現だ。その表現された意味を理解しようと努める事も映画を楽しみ方だ。
しかし自分に知恵や経験や感覚が乏しいと、上手く映画を理解できないことがある。
その部分を埋めてくれる(または自分が見落としたり気づかなかった部分を教えてくれる)先生が優秀な先生なのだ。
ただし近頃はそういった映画の先生も少なくなり、そういう意味では不要な映画評論家が大勢いることも確かだ。

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えいがのはなし ご都合主義宣言

「そりゃ~ないだろう」「そんな、まさか!」「出来すぎだよ~」
あまりにもストーリー展開にムリがある映画を観て、ついそんな言葉をつぶやいてしまったことは誰にでもあるだろう。
人はこういう映画を『ご都合主義』と言い侮辱する。
しかし偶然が重なってこそ映画的とも言える。
リアルとか必然性ばかりでは映画的な面白さにかけるとも言える。
必然的な展開ばかりを眺めていて面白いはずもない。
私の日常生活は「よりによって!」の連続だ。
そうしようと思ってもナカナカ出来ないような事が起こり続ける。
たとえば真夜中急ぎで車を走らせていると、事故渋滞に遭遇し、回避しようと裏道に逃げると工事で通行止めに出合い、迂回すると目の前でマンホールから水が吹き上がり立ち往生。
どこにどう逃げようとしても目的地に辿り着けない。これ実話。
でもこんなストーリーの映画だったらふざけんな!と言いたくなるでしょ?
ほかにも最近こんなことがあった。
散歩がてらに、五反田の風景を撮影していた時のことだ。
普段は人気の無い工場脇のレンガを撮りたくて向かうと、そんなところで立ち話してる人を今まで見たことないのに
「よりによって!」写真を撮ろうしているソコに人が突っ立って話している。
仕方ないのでソコをあきらめ、ボーリング場の屋上の不思議な球体を写真に収めようと、良いポジションを探す。
やっと見つけたグッドポジションは山手線のガードを挟んだ位置。よしココで撮ろうとカメラを構えると電車が来る。
仕方ないので通過を待って撮ろうと思ったら、電車は失速。カメラを構える私と被写体の間で停車!何なんだ!「よりによって!」
次に目指すは駅前の歩道橋。ところがその歩道橋。塗装工事中でその姿が覆い隠されているではないか!「よりによって!」ってこんな事が日常茶飯事的に起こります。
そんな訳で、こんな日常を送っている私には『ご都合主義』や偶然の多い映画を非難する気にはなれません。
映画よりも現実の世界の方が摩訶不思議だったりするからネ。
必然性ばかりの映画の方がウソ臭いともいえるし、偶然性意外性があってこそ面白い。
日常生活もありきたりより、ハプニングがあるからこそ楽しい。のでは、ないかな?
もし偶然が許されないのなら、例えば傑作<死刑台のエレベーター>のような映画は生まれない。

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えいがのはなし コーエン兄弟VSタランティーノ

自らの作品にヘンテコな奴等を大勢登場させることにかけては、コーエン兄弟とタランティーノが両巨頭と言える。
ほとんどの作品で犯罪者が主役であることも共通点である。
にもかかわらず作風は重くなく滑稽ですらあるという点も似通っている。
しかし一点違うのは、画作りだ。
コーエン兄弟は画面の隅々まで行き届いた丁寧さがある。
また、描き方によっては非常に深刻なストーリーを何ともサラっと描写してしまう。
それでいて突然グロなカットや突飛なものを挿入して観客を戸惑わせたりもする。
対して、タランティーノはアバウトで,その雑さ加減をも自分の作風にしている。
しかし
ノリが良く、アイデアに満ち、セリフが面白く、全体を独特のオタク・パワーで圧倒する。
最後に決して忘れてはいけない二人の共通点。それは、音楽の選曲センス・・・抜群!です。

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えいがのはなし 邦題タテヨコ

邦訳題のタイトルが陰をひそめ、いわゆる横文字カタカナ題名の作品が主流になってしまって久しい。
しかし横文字タイトルが一概に悪いとも言い切れず、良い効果を発揮する場合もあるし、邦訳題(以下タテ題)のタイトルにしても失敗ネーミングが結構多い。
<追憶>なんていうのは言葉のイメージからは良い題名だが、作品の内容からは適切とは言えない様な気がする。
作品はウーマンリブ全盛期に作られ、単なる甘いメロドラマではなく、個人の価値観や女性の自立といった要素が色濃い、重い系メロドラマだ。
同じRレッドフォード主演で<出逢い>の原題は<ErictoricHorseMan>訳すと電飾馬男・・・あれ?中国語題名みたいになってしまった。
タテ題の淡い感じから程遠い原題なのだ。
内容は確かに出逢いとも言えるし、電飾馬男とも言えるので、両方の要素を込めて≪電飾馬男との遭遇≫としたら良いのではないか?(良いわけないか!?気色悪いぞ!)
名邦訳題といえば<北北西に進路を取れ><燃えよ!ドラゴン><勝手にしやがれ!><招かれざる客><理由なき反抗><風と共に去りぬ><未知との遭遇>なんて思い浮かぶ。
それでも<未知との遭遇>などは今だったら絶対に原題通り<TheThreeEncounter>になっていただろう。
無理やりタテ題にしてしまうとヘンテコでわけがわからなくなる場合もあるので、横文字タイトルも捨てたものではない。
<インデペンデスデー>は≪独立記念日≫または独立の日だが、これでは日本人には理解しがたい。
この原題通りヨコ題の方がⅩデーみたいな感じでなんかいいかも知れない。
また<LAコンフィデンシャル>なんていうのも、さっぱり意味が分らないが、どこか怪しげな感じがするので、映画の雰囲気にあっているのかもしれない。
ほかにも<ゴッドファーザー>⇒名付け親、<スターウォーズ>⇒宇宙大戦争、<ジョーズ>⇒あご。
こんなタイトルにならなくて良かった事は明白である。
タテ題の失敗例で挙げておかなくてはいけないのが<続!激突カージャック>だ。
スピのデビュー作<激突!>の成功に便乗して、監督第2弾にも<激突!>をつけたかったようだが、<続>というにはムリがあり過ぎる。
反則スレスレ、ほとんど詐欺行為スレスレとも思える。
作品の方はサイコーに良いのだが。原題<SugarLandExpress>。このままカタカナでもわけが判らない。
古典的SFホラー<遊星よりの物体Ⅹ>はリメークされて<遊星からの物体Ⅹ>になった。
この2文字の違いの意図は不明だ。
こちらも古典的スリラー<恐怖の岬>は直訳タテ題だが、リメークされた作品は<ケープフィアー>と原題通りの横文字タイトルになった。
それぞれの公開当時の時代にマッチした好選択だと思う。
前作ロバートミッチャムにしても新作ロバートデニーロにしても怖さでは甲乙つけがたい作品だ。

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えいがのはなし ツカミはOk!?

どんな事でもツカミは肝心。
とりわけ映画に関してツカミは重要だ。
これから先2時間から3時間観客をスクリーンに釘付けにしなくてはいけないのだから当然のこと。
勿論ファーストシーンはそうなのだが、私の場合ヒロインの登場シーンこそが大事と考える。
またヒロインの登場のさせ方が上手い監督こそGOODな監督と思う。
例えばということで、思いつくがままに挙げてみる。
まず<マスク>。キャメロンディアスの登場シーンがいい。
キャメロンは決してグラマラスな女優ではないが、ここでの登場シーンは思いっきりセクシーだ。(まるでロジャーラビットに出てくるジェシカのよう)
<死刑台のエレベーター>ではファーストカットでいきなり女性の唇のアップ。
それがジャンヌモローだ。
高校生のとき小さな映画館で観たが、なんとも知れない気持ちになった(表現ヘタですみません)。
<初恋のきた道>のチャンツゥィーも可愛かった。
若い人には理解不能かもしれないが、若き日の浅田美代子みたいだ。
こちらも可愛いらしい表情のアップで登場。
監督はチャンツィーがあまりにも可愛かったせいか、とうとうチャンツィーのプロモーションムービーのように、この映画を仕上げてしまった。(悪い意味ではない)
強烈なヒロイン登場シーンは<0課の女・赤い手錠>だ。(手錠はワッパと読むように)
主役の秘密警察役・杉本美樹は敵に捕まり、いきなり全裸で吊るされての登場。
カメラがねちっこく杉本の廻りを移動する。(お子様にはちょっとハードです)
そんな訳でこの映画、お色気映画の要素もありますが、実は日本映画のアクションものとして最高峰です!かならず観て頂きたい。
女優といえば、監督とのコンビで有名な女優が多いが(たいがい恋仲)その代表がチャンイーモウとコンリー。
<活きる>を観た。またまた良かった。が、コンリー、泣きすぎ。
そりゃ、泣かせたら当代一(東大寺じゃないよ)の名女優だってことは、こちらも承知しているが、この映画の中じゃ泣きすぎ。 10回は泣いてるぞ!
たしかに悲惨な話しだが10通りの泣き方っていうのは悲惨。いや女優冥利に尽きるのか?
監督の技量だけでなく、やはり女優の魅力に負うところが大きいので、映画は女優次第ともいえる。
そのため女優を気持ち良くのせるのも監督の仕事。
監督にしてみれば女優が乗ってくればツカミはOK!って感じなのかもしれない。

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えいがのはなし Tough Ain’t Enough

弊社のミーティングルームの壁には
無造作に『Tough Ain’t Enough』と書かれている。(書かれているというか、私が書いたのだが)
この言葉を聞いてピンときた人がいたら嬉しい。
この言葉を私が書いた後
誰か尋ねてこないか?ワクワク待っていた。
本当は
『コレ知ってます!』と言う言葉を聞きたかったが
誰もいなかった。
もしいたら、私はハイタッチしたであろう。
それでも何人かが
「コレなんですか?」
「どういう意味ですか?」と尋ねてきた。
私は唇元を緩めながら、こう答えた。
「映画好き?」
たいがい誰もが好きと答える。
「じゃー、ミリオンダラーベイビー観た?」
数名は観たと答えたが
この言葉の意味は分らないようだ。(ちゃんと映画を観なさい!)
ミリオンダラーベイビーの前半部分で
プロボクサー志望の主役の女の子が元ボクサーのクリントイーストウッドに、
「私はタフなの、それだけは誰にも負けない」と自分を売り込む。
イーストウッドは、すかさず答える
「Tough Ain’t Enough!(タフなだけじゃダメなんだ!)」
この言葉は、上を目指す者に対して共通したアドバイスになるだろう。
頂点を目指す者なら、タフなのは当然なのだ。
身体と精神のタフさ以外に、協力者や理解者も必要であるし、タイミングやチャンス、運も必要なのだ。
クリントイーストウッドは今まで
タフだが上に昇り切れなかった人間を嫌と言うほど見てきたのだろう。
その言葉には、重みがある。
しかし、女の子はその言葉の意味をまだ知らない。
彼女が頂上に登り詰めようとしたとき、悲劇が起こる。
サクセスストーリーのボクシング映画を期待して観た観客は、それ以降のストーリー展開にガッカリした者も少なくないようだが、
クリントイーストウッドが<ロッキー>みたいな映画を作るはずがないのだ。ご容赦願いたい。
映画のラスト近く
彼女が居なくなったジムの事務所の壁をカメラがパンする。
と、壁に『Tough Ain’t Enough』と書かれている。
ゾクっとしました。
勝者と敗者は『力』だけでは決めきれないのです。
リングの上の戦いと同様、人生というリングが全ての人に用意されているのです。

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えいがのはなし 韓流大監督への道

パクチャヌク。
<JSA><オールドボーイ><親切なクムジャさん>
着実に大監督の道を歩み続けている韓国の監督だ。
とにかく映像センスがサイコーだ。暗さ加減がティムバートン。
狂気と優しさ。ファンタジーとナイトメーヤー(夢と悪夢)
とかく陰惨な暴力描写を語られる同氏だが、私は氏の作品を全てファンタジーとして捉えている。
いわゆるバイオレンス映画とは一線を画すカメラワークやライティングで、メルヘンチックにさえ感じるシーンが多く、暴力と共にコメディの要素も含まれる。
政治的な映画と思われがちな<JSA>でさえ、私は御伽噺と感じる。
本国では元々映画評論家であったようで、随所に様々な映画の模倣があるが、完全に自分の世界を創りあげている。
また、韓国映画の多くが米国や日本の映画に影響を受けているが、同氏の場合はヨーロッパ映画の香りもする。
まだ観ていないのだが新作<サイボーグでも大丈夫>は、監督自身何度でも観れる非暴力映画だそうだが、普通の映画でないことだけは予想できる。
そして期待を決して裏切らないであろう。
ポンジュノと共に韓国を背負って立つ監督であることには違いない。

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えいがのはなし パート3は駄作の宝庫?

今年はスパイダーマン、パイレーツオブカリビアン、シュレック、オーシャンズなどシリーズもののパート3が花盛りだった。
昔から、パート2は前作を凌げないと言われたものだが、近年ではそうでもない。
前記の3作品は、1作目を凌ぐほどパート2が面白かった。(オーシャンズを除く)
ところがところが、最近はパート3は駄作の宝庫と言ってよいのでは?と、思えるほどだ。
スパイダーマンは3も面白かったが、パーレーツもシュレックも『アレレ?』と、思うほどのガッカリぶりだった。
そういえば初めてパート2が前作を凌いだと言われたゴッドファーザーでさえ、パート3は散々だった。
そしてターミネーターもエイリアンも同様にパート3はコケた。
パート3は、鬼門のようだ。
ところで、寅さんの3作目はどうだったんだろう?
きっとパート3を乗り越えるかどうか?が、シリーズものの試金石なのかもしれない。

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